第4回メッセージコンクール(2006年の作品)

★中学生の読書メッセージ!★

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教育ルネッサンス賞


「ハートボイス」を読んで


子供には、心の声を聞いてくれる人がいなくてはならない。私はこの本を読んで、そう強く思った。
私はつい最近まで不登校になってしまう人の気持ちがわからなかった。なぜ、自分の殻に閉じこもるのだろう。なぜ言いたいことを言えないのだろう。自分の傷付かない所へ逃げるだなんて、弱い人間のすることだ、と思っていた。しかし、人間は誰もが弱い部分を持っていて、苦しみに耐えきれないことは誰にでも有り得ることなんだということに気付いた。
私も、友達に悪口を言われたということだけで、とても悩んだことがある。
「どうしたらその子に好かれるのだろう。」
と考え、悪口を言っている子に聞けば良いことだけれど、そんな勇気は出てこなかった。
そんな時、相談にのってくれる家族や友達の存在がどれだけうれしかったかを今でも覚えている。
今思えば、そういった経験をしなかったら私は、そばにいる人のありがたさを感じることのできない人間になっていたのかもしれない。色々な困難にぶつかり、痛い思いをして、やっと手に入れることのできることがたくさんあるのだということを知った。そして、学校はそういったことを一つずつ、手に入れるための場所でもあるんだと思った。
そうは言うものの、イジメは有るより無い方が良いに決まっている。いじめる人にとっては、ささいな事かもしれないけれど、いじめられた人にとってそれは一生の傷として心に残ってしまうのだ。
「一人一人を尊重し、仲良くしよう。」
という学級目標はよくあるが、実際、守ることができているだろうか。「あのこは性格が悪い。」「あの子は汚らしい。」など悪口や偏見の目がたくさん飛び交っているというのが現状だ。
この本の中にも、いじめに悩む「弘子」という人が出てきた。汚い言葉でののしられ、弁当を踏み潰され、クラス中の人から無視され、心も体も深く傷ついてしまった。何をしたわけでもないのにいじめるだなんて許せないと思った。人間は自分より劣っている人を見るとバカにしたがるのだろう。みんな自分に自信が無いのかもしれない。もっと一人一人が自信を持って生きていればいじめは減ると思う。
「心を耕して知識の種をまけ。やさしさを肥料に、人間という花を咲かそう。」
この言葉の通り、もっと私達子供は大きな視点で物事を考えることのできる心を持つべきだ。そして出会う人の一人一人にやさしさを分け合い、時には自分の意見を相手に伝え互いを磨き合える関係を作っていこう。世界中の人間の花が輝ける日が来るために。

川越市立南古谷中2年 杉本麻美

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埼玉県教育公務員弘済会賞


「ブレイブ・ストーリー」夢、希望、笑顔、そして…


この問題が分かる人!――分かっていても手を上げられない。これ、欲しい人!――少しでも欲しくても、何もいわない。

この本を読み終わった後に頭に浮かんできたのは、臆病者な自分の姿だった。

物語の主人公・三谷亘は、「僕の運命を変えて、家族と幸せに暮らす」という願いを叶える為に、幻界へと向かう。運命を変えるには幻界のどこかにある五つの宝玉を集めなくてはならない。亘は仲間たちと協力しながら宝玉を集めていく。いくつかの事件や仲間の死を経験する中で、亘はある事に気付き始めていた。そんな中、亘の友達・美鶴の手によって魔族が解放されてしまう。以前魔族の手によって滅ぼされかけたという幻界の運命は?そして亘の願いは…。

あらすじはだいたいこのようなお話で、他にも朝鮮問題や連続殺人事件と似たような話も書かれていたのが特徴的だった。

まず物語の初めの方で亘は友達の美鶴に誘われて幻界へいくのだが、これは美鶴が優しいということを表していると思う。美鶴は自分だけではなく、亘も救おうとしている。きっと私だったら自分だけでさっさと行ってしまうと思う。

美鶴のお陰で幻界に行くことができた亘は、宝玉を集めながら様々な事件に遭遇する。殺人事件、無数の白い手、巨大な竜巻、“ハルネラ”、暴動、小さな魔導士、北の帝国、幻界最大の危機、仲間の死――

私は、なぜ亘が旅をやめないのか、そして、事件に立ち向かっていけたのかがとても不思議だった。私だったら、どんなことがあってもすぐにくじけてしまいそうなのに…。しかし亘を比較してみると、私には足りないものがあった。それは“勇気”。

私は幼稚園の年長の時、友達の中で唯一自転車に乗ることができなかった。年中の時からずっと練習していても、中々最初の一こぎができずにいた。自転車がこげるようになった今となっては、速くこげば前に進むということは分かるけれど、一こぎするのも大変だった私にとっては未知の世界だった。勇気がなかったのだ。だからこそ亘の勇気はすごいと思うし、私も少しでも見習いたい、と思った。

そしてその後亘は、女神様がいるという運命の塔へと向かう。ここが最大の山場であり、そして私が一番好きなシーンだ。

――亘は美鶴を追って運命の塔へたどりつく。そこでも様々な試練が亘を襲う。亘は苦戦しながらも前に進む。二つ目の試練を乗りこえた後、美鶴が倒れているのを発見する。美鶴が助からない事を悟った亘は、美鶴の為に贖罪の祈りを捧げた――

幸か不幸か、私は葬式というものに行ったこともなければ、“人の死”というものを生まれてから一度も経験したことがない。だから大切な人を失う気持ちは分からないけれど、その悲しみはきっと量り知れないものだと思う。

もし、まわりにいる大切な人が、もうすぐ死んでしまうとしたら…。きっと私は呆然と立ちすくんでいると思う。何もできないまま、何もしてやれないまま、ただ時間が過ぎていくと思う。でも、亘は死ぬのが分かっていて、美鶴の為に何かしようとしている。これも、ひとつの勇気だと思う。勇気が無い私には到底できない――この本を読み終えるまでは、そう思っていた。

でも、今は違う。別にこの本を読んでから劇的に変わった訳では無いが、少しずつ臆病な私から変わりたいと思っている。

勇気のある私になれるのはいつか分からないけれど、この本のことは一生忘れないと思う。

私に勇気を与えてくれた、本だから。


蓮田市立蓮田南中1年 杉本実咲

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中学校長会賞


ひとにぎりの未来


この本はこれから起こりうるであろう未来のことが短編四十話の中に設定で書かれている。

その名あ¥かで、私がとてもひかれた話は「はい」と「ある建物」である。

「はい」という話は二〇一六年の人々の話だ。人々は、生まれた時から耳にある機械をつけることになっていた。人々は朝起きてから夜寝るまですべての行動を、その機械から出される指示に従い生活していた。結婚する相手とめぐり会うことも、結婚し子供を生むことやその育て方も機械に指示され、やがては自分の死ぬことも、遺書を書くことも機械の言いなりになり、一生を終えていくのだった。

二〇一六年といえばもうすぐだ。今、私達の周りには便利な機械がたくさんあり、ロボットの開発も盛んに行われている。その多くは人間にとって本当になくてはならない重要なものだが、その便利さだけを求め、楽をしようとしている人間達の未来は、きっとこの様に機械に支配された世界になってしまうのだろうと思った。

次に「ある建物」という話は未知の星星をまわりその調査を続けている宇宙船の隊員達が、辿りついたある惑星の話だ。その星はある程度の文明もあり、立派な街もあるが住民が全くいない。その謎を解くために、隊員達が辿りついたのがある建物だった。この建物はどの街にも一つずつあり、中には人間の全ての快楽を満たす物で溢れていた。その楽しさから逃れられなくなった隊員達は、遊びつかれ、それがここの住民達が滅亡した原因とも気づかずに、彼らもそれをくり返した結果次々と命を落としていった。

となりで仲間が死んでいくのを見たら、わかりそうなものなのに、楽しさだけを求めてそれに溺れていく人間には、自分の落ちていく姿が見えない。今が楽しければいいと現実から目を背けて生きていく人間の未来はこんなものかと考えさせられた。

この二つの話からもわかるように、この本全体を通して「未来の地球にせまる危機」を読者に伝えていると思う。

今の私達の生活は便利で快適であるが、自動車の排気ガス、工場の煙突から出る煙、生活排水等、どれも人間がつくった物なのに、それらには一切目もくれず生きてきたので、それが温暖化の原因となっているのだ。それらは全て、人間が便利さだけを求めた結果の副産物なのだ。最近新聞で見た、温暖化が原因で、溶けて小さくなった氷にしがみつく北極の白クマのあわれな姿がとても印象に残っている。

この本の中に「破滅の時」という話があるが、これは地球にやってきた宇宙人が、このままでは地球が破滅すると警告した事をきっかけに国際間の緊張がやわらぎ、世界中の人々が地球を救うために立ち上がり、戦争もやめ、自然界はまたもとの清らかな状態に戻り始めたという話だ。

人間はもう終わりだという崖っぷちに立たされれば、こんなふうに全地球人が自分達の損得関係なしに、手に手を取って平和な地球を取り戻すことができるのだろうか。しかし、裏を返せば、そこまで追い込まれなければ、人間は悪いとわかっている事にも、見て見ぬ振りをして生きていくということだ。この話しの最後に宇宙人の警告はウソだったとわかり、それを知った地球人達はどうなるのだろうかという落ちがあるが、これは決して笑って聞き流せる事ではないと恐くなった。

この本のタイトルである「ひとにぎりの未来」とは、人類がこの本にあるような生活をしていると、私達にはほんのひとにぎりの未来しか残されていないということだろうか。そうであるならば、私達はこのひとにぎりの未来をもっと大切にしなければならない時を迎えるのだと思う。


富士見市立富士見台中1年 村井咲音

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審査委員特別賞


あたたかい物語り


『二十四の瞳』を読んで、私は心があたたまりました。生徒の大好きな、小さくて若い先生は、十二人の生徒と何十年も関わりながら、先生となり、母となり、再び先生となるのです。
この本は、人のあたたかさと共に、戦争の辛さや悲しさも伝えています。先生の生徒だった十二人のうち、男子は戦争に行き、戻ってこれた人もいれば、失明してしまったり、死んでしまった人もいました。そして、自分の夫や子供も戦争に出され、戦争の被害により、戦争へ行っていない人もたくさん死んでしまいました。
この本のおかげで、私も少しは戦争についての理解が深まったと思います。前は、戦争については知識として「してはいけないもの」くらいの事しか分かりませんでした。でも、読み終わった後は、
「戦争は絶対にしてはいけないものなんだ。大切なものをたくさん失ってしまう残酷な争いなんだ。戦争をしても誰かが幸せになる訳でもない。そんな戦争なんてしてはいけないんだ。」
と思えました。そして、この本には、そんな戦争でも、人のあたたかさを感じることのできる出来事はたくさん書いてありました。
私の生活の中にも、よく考えればいろいろなところに父や母、周りの友達のあたたかさを感じられる事がたくさんありました。私は母によく注意されます。母は私に悪い癖がつかないようにと、細かい所までもしっかり注意してくれます。けれど、私は母に注意されると、つい「母は私のために注意してくれている」ということを忘れ、ムッとして屁理屈をこねて聞き流してきました。それでも、何回も何回も注意してくれるのは、そこに人のあたたかさというものがあるからだと思います。
この本から学んだ、「戦争の辛さ悲しさ」と「人のあたたかさ」は、本当に大切なことだと思います。だから私は、この二つをこれからの生活に生かしていこうと思います。まず最初に、私は、母の注意を素直に聞くことから始めたいと思います。けれど、周りの人から「あたたかさ」を感じているだけでは駄目だと思います。だから私は、周りの人に「あたたかさ」を伝えられるような人間になりたいです。
私は、結局「あたたかさ」とは「優しさ」や「思いやり」などのことだと思います。だから私は、「あたたかさ」イコール「思いやり」そして「優しさ」と考えて、「あたたかさ」という難しい言葉に惑わされないようにしていきたいと思います。
あたたかさが無くなったら、きっと、楽しいと思えることも幸せと思えることも無いと思います。だから私は、その大切な、人の「あたたかさ」をしっかり理解でき、どんな人にもあたたかさを伝えられる、あたたかい人になれるように、一つ一つの人のあたたかさを大切にしていきたいと思います。


私立星野学園中1年 花田麻路

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第4回メッセージコンクール(2006年の作品)

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埼玉県教育長賞


だから、あなたも生きぬいて


作者である大平光代さんは、転校先の中学校で、たび重なる「いじめ」や親友と思っていた友達からの「裏切り」を受け、十四歳の時にナイフで自分の腹を何度も刺し、自殺を計った。しかしその後も「いじめ」は続き、どん底へと落ちていった。

大平さんが誰に対し、どんな嫌がらせをしたというのか。友達を傷つけることなど何ひとつしていないじゃないか。また、なぜ大平さんを助ける勇気をもつ人が、誰ひとりとしていなかったのだろうか。と思うと、怒りがこみあげてきて涙が止まらなかった。

人は嬉しいとき、悲しいときなど、心がゆれ動かされたときに涙が出る。普通の感情をもった人なら誰でもそうだろう。しかし大平さんはどうなのだろうか。どん底の中で知り合った不良仲間からの「裏切り」を受けたとき、大平さんは「もう誰も信じない」と心に決めた。その時から、きっと涙などでなくなってしまったのではないかと思う。なぜならば、それは、人間としての心をもつことをやめた、ということを意味していると思うからだ。「誰も信じない」ということが、自分自身を守る唯一の方法だと思ったのかもしれない。確かに誰のことも信じなければ、裏切られることもないし、自分も傷つかないだろう。しかし、人を信じずに生きていくことが出来るのだろうか、と考えてみた。答えは「私に歯出来ない」だ。

私には仲の良い友達が沢山いる。信頼している先生もいる。そして、ケンカもするし怒られたりもするけれど、苦しいときや悩んでいるとき、本気になって心配してくれる母がいる。信じられる人が沢山いるからこそ、毎日を楽しく明るく安心して過ごすことが出来る。このあたり前の環境を大平さんは捨てたのだ。信じるものを捨てた大平さんは、どれほど孤独でつらかったことだろう。

人を信じることをやめてからの大平さんは、開き直り、落ちるところまで落ちていった。暴力団組長の妻、背中には刺青、そして酒びたりの毎日。そんな中で大平さんは、養父となる大平氏と出会った。この養父との出会いがなかったら、今現在も最低の人生を送っていることだろう。

養父の「確かに道を踏み外したのは、あんたのせいやないと思う。親も周囲も悪かったやろう。でもな、いつまでも立ち直ろうとしないのはあんたのせいやで、甘えるな!」という言葉に大平さんの固く閉じていた心は開き始めた。本気で心配してくれ、真剣に自分に向き合ってくれる人に出会えて、大平さんは人間の心を取り戻したのではないのだろうか。そして、もう一度人を信じる勇気がわいたと思う。

それからの大平さんは、今までの人生をやり直すかのように、努力に努力を重ねて勉強し、宅建や司法書士の資格をとり、ついには司法試験に一発合格をして、弁護士になったのである。

大平さんの努力には並たいていの努力ではなかった。目標を達成するために必死になるということは、大平さんのような人のことをいうのだと思った。

私は今まで困難にぶつかったり、勉強でつまずいたとき、すぐにあきらめていた。「努力したってどうせ私には無理だ」と。しかし大平さんの努力を知り、自分が情けなく、恥ずかしく思えた。祖父がよく私に「結果は必ずあとからついてくる」と言っていた言葉の意味が、大平さんを通じて理解することが出来た。また人間は、本気になって死にものぐるいで努力をすれば、叶わない夢はない、ということを教えられた。

大平さんの背中には刺青が今でも残っているという。弁護士という立場を考えれば、刺青を消すのが普通だろう。でも大平さんはおかした過去を背負ったままの自分で、世の中の役に立ちたいと言っている。たぶん刺青を自分の体に一生残すことで、自分の過去と向き合い、初心を忘れずに生きていこう、と思ったのではないか。なんて自分にきびしい人なんだろうと思った。

私は大平さんから、「苦しいことがあっても逃げないで頑張って!!あなたのことを心から思ってくれる人がいるはずだから」とメッセージと沢山の勇気をもらった。

私にはこの先、でも私を大切に思ってくれる家族や自分の為にも、負けない強い心をもっていきたい。

そして、つい先日亡くなった、私のことをいつも温かい心で見守ってくれていた私の大好きな祖父。その亡き祖父が喜んでくれるような、一生懸命強く生きる、すばらしい女性になりたい。


さいたま市立大宮南中1年 金子絵里

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第4回メッセージコンクール(2006年の作品)

★小学校高学年の読書メッセージ!┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★☆
      教育ルネッサンス賞

「子ぎつねヘレンが残したもの」を読んで

この、『ヘレン』という名前に覚えがありました。ヘレン=ケラー、小さいころの病気によって盲目、難聴になったために言葉を話すこともできなかったけれど、努力によって障害を克服した人です。

また、『のこした』ということは、ヘレンが何かでいなくなるということだと思いました。この題名にひかれて、読んでいくことにしました。

ヘレンは、道ばたにぼんやりと座りこんでいました。おかしいほどおとなしく、弱っていたのでこの本の作者である竹田津先生の診療所へ連れてこられたのです。検査をしたり、様子を観察したりした結果、ヘレンは、視力、聴力がないかとても弱いこと、さらに数日後には嗅覚を失っていることもわかったのでした。

通常、キツネは聴力と嗅覚がすぐれているはずの動物です。しかし、ヘレンには生きていくための力がないのです。人間は、視力と聴力に頼って生きています。それがなくなった、音もない、真っ暗な世界で生きると言うことは、寒気がするほど恐いと思いました。ヘレンは、その世界で生きているのです。

「恐いよぉ。」

と、さけんでいるのかも知れないな、と思いました。

ヘレンは、入院中のメスのキツネ、メンコに会います。先生は、メンコにお母さん代わりになってもらおうと考えたのです。

しかし、ヘレンは知らんぷり。メンコがいることさえわからないのでした。

ところが、メンコが息を吹きかけたとたん、しっぽを振ったのです。メンコが肉を与えようとヘレンの前に置きました。

「ガッガッ。」

いかりの声でした。

先生たちは『子ぎつねは自殺しようとしているのでは』と思ったそうです。でも、ヘレンにはえさをもらったとはわからず、突然振動が伝わって身の危険をかんじただけなのだと思います。そう考えると、ヘレンはいつも不安と共に暮らしていることがわかりました。

「どうしよう、どうしよう。」

とうろたえていたのでしょう。

私も小さいころ一人になって頼れる人がいなくなり、泣いたことがありました。とてもさびしく不安だったことを思い出しました。

ヘレンをピクニックに連れて行った時、先生は『ヘレンの気持ちを知りたい』と耳栓と目かくしで『目と耳が不自由な体』の体験をたそうです。

「そして、本当のヘレンの不安、恐怖、悲しみを知った。」

私もマイマスク体験をした時、恐くて仕方なかったことを思い出しました。ヘレンは、私には想像がつかない、大きな不安を背負って生きているのだと思いました。

また、この頃のヘレンは先生の奥さんと楽しそうに遊んでいました。幸せそうなので、この時が続けばいいのにと思いました。

しかし、ヘレンは発作を起こし、五月三十一日、入院してからちょうど一ヶ月がたったその日、ヘレンは亡くなりました。

ヘレンが残したもの、それは『命の輝き』だと思います。たとえ苦しんでいる時があっても命には輝いているときがある、幸せだってたくさんある、そう教えてもらったような気がします。

私は、自分が精一杯生きて、輝けるような生き方をしたいと思います。
熊谷市立 籠原小 6年 植田瑞貴

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第4回メッセージコンクール(2006年の作品)

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埼玉県教育公務員弘済会賞


「アンネの日記」を読んで


『神様は、この地球に住む私達に、あり余るほどの広さ、資源、大自然の美しさを造って下さったのです。
私達はそれを公平に分け始めましょう。わかち合うことによって、私たちはすべてにより豊かになるのです。』
これは、第二次世界大戦の中、生きる希望を日記にかきつづった少女、アンネ=フランクの残した言葉です。
私はこの本を読んで大きなしょうげきを感じました。

「どうしてそんなことをしようと思ってしまうのだろう―。」

「どうしてこんなくだらない戦争なんかのために命を落とす人がいなくてはいけないのだろう―。」

という思いが私の心にガラスみたいにつきささる感じがしました。
そんな中、最後まで生きる希望を持ち続けたアンネは、とても心の強い人だと思いました。ゲシュタポという、当時のドイツの秘密警察からのがれるためにかくれて暮らし、自由の無い生活を送っていたアンネを思うと、本当に悲しく思いました。
架空の少女キティへの手紙のような形で日記を書くことで、アンネはつらい生活にたえていたそうです。
もし、私がアンネだったとしたら、こんなおそろしい生活にたえられなくなって、もう何もかもなげだしたくなってしまうと思います。戦争が終わることを待ち、生きることを信じて日記を書き続けたアンネのような生き方は決してできないと思いました。
ゲシュタポに見つかってしまい、地ごくのような強制収容所でも、アンネは生きる希望とふるさとへ帰るという願いを捨てずにいました。
私はこんなアンネの生き方にとても感動しました。そして、私がかかえているなやみなんて、ちっぽけなものに思えてきていました。アンネに比べれば、自分はなんて弱い人間なんだろう。と思いました。
私は、つらい現実を受け入れて、
「人の役に立ちたい。」
という思いから、病気の人には自分のパンをあたえ、殺されてしまう人々のために涙したアンネを、私は心から尊敬しています。
私も、どんな小さなことでもいいから、アンネのように人の役に立てるよう、がんばりたいと思いまし
た。
第二次世界大戦は終わったけれども、ひ害者の心の傷は永遠に消えないし、まだ世界の中には戦争が続いている国もあります。
それに、今、世界は再び戦争をしようとしています。その中、日本は戦争の苦しみを忘れかけています。私はもっと戦争のことを知ってもらい、
「戦争の無い社会」
はやくできることを望んでいます。
そして、アンネも、これ以上戦争をくりかえしてはいけない。六十一年前にもどっていはいけない。もうこれ以上戦争で人を傷つけてはいけない。と、日記を通じて語っているでしょう。
戦争という二文字が消えるその日まで。


熊谷市立 籠原小 6年 飯島 至乃

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